ANTHROPOPHOBIA





「…局長? 考え事ですか?」

 

屯所への帰り道、久々に近藤の警護として担当者を命じられた永倉はぼんやりと車の外を見つめる近藤に声をかけた。

「久々の出張でしたからね。さすがに疲れましたか」
「んー…そうだなぁ…」

そう言いつつも目をむけた窓の外から視線を外さない近藤に永倉は何度目になるか知れないため息を心の中でついた。

いつもはうっとおしいほど元気でよくしゃべる近藤がこんなふうにぼんやりと物思いに耽っているなんて常ならば考えられない事だった。先ほどだって妙の働く店の前を通過したというのに「降ろせ」の言葉は出なかった。…というか妙自身が車の脇を通り過ぎた時だって近藤は今と同じように空中を見据えたままだったのだ。

「…良い天気ですねぇ」
「んー…そうだなぁ…」

ぽつりと降りだした外を見ながらそう言ってやればこれまた先ほどと寸分違わぬセリフが返ってくる。状況どころか回りの景色すら近藤には見えて無いらしい。

大体、自分がここで警備担当者になっている事自体おかしいのだと永倉は眉間に眉を寄せながら許可も取らずに煙草を取り出した。今回の出張は天人の警備とはいえ挨拶回りも兼ねた定例会だったのだ。いつもは雑務が多いからと右腕である土方が当然のようにして担当する仕事だ。…なのに当日になって近藤は永倉を指名してきたのである。その通告を受けた時の土方の顔を永倉は忘れ無いだろう。

『あの副長が傷ついた目をするなんてなぁ…』

器用に片手でマッチに火をつけた永倉は深々と紫煙を吸い込んだ。近藤が振り向いた時にはいつもの土方に戻っていたから気づかなかったろう。丁度近藤を挟む形で朝礼に出ていた永倉は正面から土方の視線を浴びてしまったのだ。

『喧嘩っつーには深そうじゃねぇの』

おおざっぱな近藤に几帳面な土方がキレるのは日常茶飯事だ。いつものようにあてにもならない詫びの言葉で土方の機嫌が直るのならば自分がここにいるわけがない。二人だけしか知らない根深い何かが互いの間に立ちふさがっているのだ。

『…ああ、そういや…』

土方といえばと永倉は今朝報告の際に聞いた話しを思い出した。

「局長、土方さんの事ですが」
「っ!」

案の定土方という名に反応した近藤はやっと我に返ったように永倉を見た。

「…昨日、万事屋の所でお泊まりしたらしいですよ。何でもまた飲み比べで酔い潰れたとか…。随分と仲良くなりましたね」
「そ…うか。仲…良いな」

そらされた視線は不安に彩られ落ち着かない。明らかに動揺しているしているのにそれを隠そうとしてさらにボロが出てくる始末だ。

「今日の朝いちには沖田隊長が迎えに行ったらしいんですがどうも寝不足らしくって。すごい顔色悪かったみたいですよ。しかも昨日無茶やったらしくて全身筋肉痛とか。らしくないですねェ、副長ったら」
「え…そ、それっ…」

口をつけた缶コーヒーを思い切り噴いた近藤に気づかないふりをして、永倉は淡々と続けた。

「おまけに沖田隊長が言うには首元にでっかい接吻の跡つけてたそうですぜ。昨夜は刀も持たずに歌舞伎町を歩いていたってんですからどこぞの女でもひっかけたんですかねぇ? さすが男前なひじかたさんだ」
「っおい、永倉!」

ぐいと襟元を引っ張られ無理やり己の方へと向けさせた近藤は蒼白な顔で口をパクパクさせる。言おうか、言うまいか一人葛藤する近藤に永倉は微笑を浮かべた。

「…局長の考えていること、あててみましょうか」
「え…」

その手をやんわりと外させた永倉は走らせていた車を路肩に止め近藤に向き直った。

「また『トシ坊』が襲われたんじゃないかって思いました? …あの、時みたいに」
「っ!」

懐かしい響きで土方の昔のあだ名を呼んでみれば見る間に近藤の表情が厳しくなる。十数年前のあの日…近藤と共に土方の惨状を目の当たりにした仲間の中に永倉はいた。痛々しいほどに腫れた口元に震えた小さな体。ほんの少しの接触で過剰に怖がる土方を為す術も無く見守っていた大人たちは今でも土方へのガードを怠ろうとしない。何故一人にしてしまったのか。何故守って上げられなかったのかという強い後悔がそれぞれの胸の中でいつまでも渦を巻いているのだ。

「副長だっていい大人だ。こんな俺らの心配なんて余計なお世話かもしれませんよね。相手が万事屋にしろどこぞの女にしろあの人が選んだんなら口なんて挟める立場じゃない。…結局、何だかんだ言ったって俺らは赤の他人なんだから」
「っけど・・・!」

突き放すようにそう言った永倉に近藤は堪らず頭を振った。

「俺は! 認めねぇ! トシは…っ」
「…誰にも渡したくない、ですか?」
「っ!」

言葉尻をとるように続けてやればびっくりしたように目を見開かれる。なぜばれたのかと目で問われて永倉は噴き出した。

「好きなんでしょう? 押し倒してしまうくらいには」
「っ!」

確信に満ちた永倉に近藤はさらにうろたえた。常にポーカーフェイスの土方とは違い素直に感情が表に出る近藤は見ていて本当に飽きることが無い。

「…副長の耳の後ろ…あれは局長がつけたもんでしょう? 三日前の夜…すみませんが声を聞いてしまいましてね」
「あ…」

声といわれ近藤は思い出した。勢いに任せつい手を伸ばしてしまった土方の体…。互いに心地よい酔いの中にいたはずなのに突然土方の肩が揺れた。がたがたと震える細い体に振り絞るように繰り出された悲鳴は思い出したくもない過去の「悪夢」を再現してしまったことを告げていた。

「あの日俺も沖田隊長と呑んでいたんですよ。…ああ、多分他の奴には聞こえてないと思いますよ。すぐに人がよらないよう手を回しておきましたから」
「そ…か。そりゃ悪かった」

あの時は土方の部屋で呑んでいたのだ。沖田の部屋は廊下を挟んだ蓮向かいの位置にある。土方大事の沖田があの時駆け付けてこなかったのはそういう理由があったのかと今更ながらに理解した。

「さっきはああ言いましたけど俺らだって副長の事大事に思ってるんですぜ。どこぞの馬の骨なんぞに可愛いトシ坊をやれるわけねェでしょうが。…近藤さん。「あんただから」任せようって言うんですよ」

再び車を発車させた永倉は未だ考え込む近藤の額を諭すそうに小突いた。

「頼みますよ。あの子を守れるのはあんただけなんだから」

真選組の局長、隊長という顔になってからは一度もしようとしなかった親しい笑顔を向けられて、ようやく近藤は「すまんな」と笑みを浮かべたのだった。

 



出てもこない(というか誰が永倉かも分からない)キャラを出張らせてみたり。
女体お題にも登場の永倉さんです。近藤さんの「トシ大好き病」は公認のはず。













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