その夜、夕飯を終えた近藤は出張報告書を製作しながら頭を悩ませていた。
「…どう…すっかなぁ」
真っ白なままのパソコン画面を睨みながら考えているのは書類の事ではない。今一番話をしたい土方の事だった。
――近藤が屯所に戻ったのは間もなく夕飯という時刻。彼の帰宅を待ち侘びた隊士たちがこぞってお帰りと声をかけてくる中、しかし一番顔を見たいと思っていた土方の姿はなかった。聞けばまた銀時の家に行ったとのこと。何も気づかず無邪気に事実を告げた山崎を殴ってしまいたいと思ったのは本人には秘密である。
「…万事屋か…」
とうとうキーボードを投げ出してごろりと横になった近藤は目立つ銀髪を思い起こした。
きっかけは妙の取り合いだった。剣の腕は申し分ないはずなのにまともに勝負をしてくれなかったちゃらんぽらんな男。卑怯なマネとはいえ負けたままでは許せねえと代わりに再勝負を挑んだのが土方だった。
結果はやはり自分たちの負け。…だがそれ以来息のあった二人はなにかと行動を共にするようになったのだ。
(ただ本人たちはそう思ってはいないみたいだったが)
「…好き…なのかな」
いがみあってるようにしか見えないが相手はあの土方である。テレ隠しで粗野に対応していると言われればそうかもしれないと納得してしまう自分がいる。いくら幼なじみとはいえ上司部下という立場上土方は自分と同じ位置に立とうとはしない。振り向けば必ず控えてくれていると言う今の関係に不満があるわけではないのだが、時々見かける銀時とのかけあいは自分よりも彼との方が似合いなのではと思わせてしまうのだ。
「…あいつなら…平気なのか?」
総悟が見たという接吻の跡は恐らく銀時がつけたものだろう。近藤が帰宅した時、沖田は意味ありげに昨夜土方を万事屋に泊まらせた事を告げた。
「近藤さんがしっかりしないからいけないんでさァ」
そう呟いた声は弱く、すねているという色がありありと分かるものだった。
「これ以上黙ってるようなら本気で俺がもらいやすぜ。…俺は、そのために強くなったんですから」
この子供が鍛えて欲しいと近藤の前で三つ指をついたのは土方が悪夢と闘っていたときだ。あのころはまだ体も小さくすぐ熱を出していたような弱い子が決死の思いで剣をとった理由…それは語らずとも近藤には痛いほど理解できた。
「俺は近藤さんだから許したんだ。他の野郎にあの人は渡さねェ」
いつもはけして本心を晒さない沖田がそこまで言い切ったのだ。近藤とてこのままごまかしていけるわけはないと分かっている。他人に託される土方を見守るか、己の腕に収めてしまうかの選択を迫られたとき、やはり無理やりにでも捕らえてしまいたいと思うのは己の中にある醜い独占欲のためだろう。
「…そうだ。渡したく…ねえ」
ようやく覚悟を決めた近藤はガバリと起き上がった。
「聞いてねぇんだ…まだ」
酔った勢いとはいえ好きだと告げた自分に対し土方の口からはまだ何も告げられてない。彼が嫌だというならもう諦める他はないが、少しでも自分に対する思いが残っているのなら希望を繋げたい。
このまま悶々としていても始まらないと腰をあげた近藤は上座に置いておいた刀を脇に差した。目指すは土方が行ったという万事屋だ。たとえ彼らがそういう関係になっていたとしてもこの目で確認するまでは諦めるわけにいかない。
持ち前の猪突猛進の勢いで部屋の障子を開けた時だった。迎えに行こうとしていた土方が目の前に立っていて近藤は慌てた。すっかり走る準備の整った体は勢いが殺せずに土方に突っ込んだ。ぶっ!と胸元で苦しい悲鳴を上げた体を抱きとめてなんとか倒れこまないように支えるが思い切り鼻をぶつけたらしい土方は恨みがましい目で近藤を睨みつけた。
「…近藤さん…」
「っうわ、悪かった! 人がいるとは思わなくって!!」
勢い任せに抱きしめる形になってしまい近藤は慌てふためきながら両手を上げ下げした。
「…出かけるのか? こんな時間に」
「え、あ、いや…その…」
まさかおまえを奪いかえしに万事屋に乗り込むつもりでしたとは言えずに近藤は口篭る。見れば土方は風呂まで入った後らしい。拭いきれない水滴が髪に含み何とも言えない色香が漂っていた。
「と、トシの方こそ帰ってたのか。出かけたって聞いたけど」
「あ? まあ。ちょいと野暮用でな」
うろたえる近藤を尻目に入るぜと部屋に乗り込んできた土方に近藤は眉を寄せた。土方の手に握られたものが急ぎの書類らしいというのは察したがその格好で夜中、しかも前科ありの男の部屋にくるとは無防備も良い所である。これでは襲ってくださいと言っているようなものではないか。
「悪いんだがこれだけでも判もらえねぇか? 仕上げちまいたいんだ」
「あ、ああ」
文机の横で胡座をかいた土方の足を見ないように近づいた近藤は震えそうになる手をなだめ書類にサインを施した。一応中身くらい確認しろと呆れられるが、二人きりのこの状況で冷静になれという方が無理である。微かに香ってくるのはシャンプーだろうか…。土方らしい清廉な香りに近藤の顔に熱が集まっていくのが分かった。
「…近藤さん?」
「っ!」
半ば書き殴るようにして仕上げた書類を突き出すと一緒に手まで掴まれる。その繊細な指に驚く間もなく顔を上げた近藤は土方の頬が真っ赤に染まっていたことにようやく気が付いた。
「…トシ?」
「…続きを…してもらいたい」
腕越しに心臓の音が聞こえるんじゃないかというくらいに心拍数を跳ね上げた近藤は形のよい唇から紡がれた台詞を信じられない思いで聴いた。
「…もう一回…チャンスをくれ。もう、逃げねぇから」
思い詰めたような顔でそれだけを言った土方は茫然としたままの近藤の膝をまたぐようにすり寄った。
「そこ…動くなよ」
「え…って、トシ?」
布越しに感じる土方の体温に気をとられていた近藤はさらに降ってきた土方の唇に言葉を詰まらせた。
「…っ…」
「ん…」
するりと滑りこんだ熱い舌が巧みに近藤の体に火をつけた。しっとりと手になじむような心地よい肌触りが堪らなくて不慣れながらも夢中で答える。部屋に響きわたるいやらしい水音でさらに煽られた二人は長い時間をかけ互いの熱を確かめあった。
「…っふ…」
「…トシ…平気か?」
酸欠で潤んだ瞳を間近で見ながら近藤は心配気に問うた。思い出すのは三日前の夜の事。折角治りかけていた傷をえぐりかえしてしまった己の浅はかさを痛感した時の事だ。
「怖くないのか?」
「…へい…きだ」
そう言いながらも近藤の首にすがっていた手は微かな震えを伴っている。無理をさせているのだと近藤は泣きそうな顔で土方を見るが、見つめられた方は違うとばかりに首を振った。
「これなら大丈夫…このまま…抱いてくれ」
すがるように抱きしめられて近藤は辛そうに眉を寄せた。このプライドの高い男にそこまで言わせた自分が酷く卑怯に思えたからだ。
「ごめん。…トシ。俺は…ひでぇ男だ」
ずっと、弟のように見てきたのだ。縁者を亡くし行き倒れていた小さな子供を引き入れたのは自分。すべてのものから守ってやるつもりだったのに、いつのまにか自分自身でそれを壊そうとしている。
「悪ィ…俺ぁ…トシにこんなに無理させて…」
「無理じゃねぇよ。近藤さん」
引き絞るような声音の近藤に微かな笑みを浮かべた土方は膝に乗り上げたまま己の帯を紐解いた。
「…俺が、あんたの手を欲しいって思ったんだ」
頼むから、今日は何があっても止めねぇでくれ…そう呟いた土方に再びキスをした近藤は晒された白い肌に手を添わせた。さらりと心地よい肌の感触は堪えていた近藤の熱を一気に高めた。小さな胸の頂を軽く食めば、かすれた色っぽい声が土方の喉の奥で噛み殺される。
「トシ、手」
「っん…」
強くすがりついていた手から着物を滑らせるように落とした近藤は唯一残った下穿きに手を伸ばした。熱く潤んだ目でそれを見届けた土方は近藤が脱がせやすいようにと少し腰を上げる。恥ずかしそうに頬を真っ赤に染めた土方は文句無く綺麗だった。
「トシ…」
「あ…近藤さん…」
感じている事を如実に表した下肢に手を伸ばせば、すがるように襟元を掴まれた。薄いながらもしっかりと筋肉のついた体は確かに男以外の何者でもない。だが、近藤は今まで抱いたどの女よりも土方に欲情している自分を自覚していた。
「俺が…忘れさせてやる」
煌々とついた照明に伸ばそうとしていた土方の手を取り敷かれたままの布団に寝かす。体勢が変わり一瞬びくりと身を震わせるが、すぐに与えられた優しいキスで土方は蕩けるように酔わされた。
「目を閉じるなよ。おまえを好き勝手しているのは「俺」だ。他の誰でもねェ」
「こんど…さ…」
己の下で震える土方の下肢に手を伸ばすと潤んだ瞳が近藤を見据えた。いつもは瞳孔の開いたきつい視線もこんな場面では煽る材料でしかない。
「怖かったら掴まっていろ。…手加減できる余裕はねえがな」
「っ!」
すでにぐっしょりと濡れていたそこは近藤の手を待ちわびたかのように震えあがった。己の腕にすっぽりと土方を抱き丁寧な愛撫を繰り返す。くちゅりといやらしい音が部屋に響きわたり土方はいたたまれなくなって顔を背けた。
「トシ。こっち向けって」
「っ無理って…!」
腕で覆われてしまった顔を見たくて近藤は下肢のさらに奥に手を伸ばす。びくりと震えた土方の体は前の快楽に浸りきっていてすんなりと近藤の指を飲み込んでしまった。
「痛かったら言えよ」
「え…ちょ…っ!」
不慣れな感触に眉を寄せた土方は容赦無く動かされる指にかすれた悲鳴を上げる。すでに先走りの液で濡れていたそこは傍若無人に暴れる指を難なく受け止めた。
「…っや…」
「ここ、か?」
ある一点を突いた所で土方の体がびくりと跳ねあがった。
「や…駄目だ…そこは…」
「いいからおとなしくしてろ」
酷い快楽から逃れるように膝でずり上がった土方の体を捕らえさらに深く侵入する。前と後ろを同時に攻め立ててやれば噛み殺しそこねた矯声が近藤の耳朶をくすぐった。
「痛くはないな?」
「ぅ…ん…」
すでに高みへのスパートをかけていた土方はわざと反らされた近藤の指を悔しそうに睨みあげた。息も絶え絶えな様子の自分と違い、近藤はまだまだ余裕がありそうだ。
「脱げよ…服」
ここまできて近藤が着物を着たままだという事に気づく。自分だけが切羽詰まっているようでいたたまれなくなった土方は手荒に近藤の袖を引っ張った。
「近藤さん!」
「分かったよ。そう怒るなって」
駄々をこねた土方をなだめるように抱きしめた近藤はキスをしながら器用に紐を解いた。ぱさりと衣服が落ちる音を意識の隅で聞いた土方は触れ合った熱い体に息を詰めた。
自分とは違う確かな筋肉で覆われた近藤の体は嫌が応にも「男」に抱かれているのだという事実を土方につきつけた。…だが、密着した体から聞こえてくるのは近藤が緊張しているのだという証のような早い鼓動。ぬくもりも広さもあの頃と変わっていない。…怖がる理由など一つもないのだと土方は言い聞かせるようにすがりついた。
「大丈夫…怖くねぇ…」
「トシ…」
ふわりと浮かべられた笑顔には焦りや恐怖の色はない。近藤を信じているのだと言う絶対の安心感が込められたそれはまるで菩薩のようだった。
「…そうか…」
「近藤さん?」
まぶしそうに目をすがめた近藤はぎゅうっと土方を抱きしめた。…ずっと、自分の好みだと信じて疑わなかったしっかり者で凛とした菩薩のような美人…それはまんま土方そのものだったのではないか。振り向けばこんな傍にいたというのに自分はなんて遠回りをしてしまったのだろう。
「好きだよ。トシ。一生俺の傍にいてくれな」
「…当然だろう? 離れろっていっても動かねぇよ」
一世一代の告白をしてやれば不敵な笑みでそう返される。笑顔も怒り顔も全て自分のものにしたくて近藤は止めていた手を再開した。
「渡さねぇ…。万事屋にも、総悟にも」
「っん…いか、ねぇよ。誰んとこにも」
同じ男の象徴に何の迷いもなく手をかけた近藤はすっかり柔らかくほどけた奥にも指を差し入れる。二箇所同時に攻め立てられた土方の白い腹はひくりと震え余裕が無いことを知らせていた。
「一緒にいこうな」
三本ほど入れていた指を抜き代わりにあてがわれた熱い存在に土方は息を飲む。だが、震えた指は近藤の首にすがりつき早くと促した。忘れさせろと声もなく呟かれたセリフにもう迷いはなくなった。
「っ…く…」
「息をはけ…トシ…」
ずるりと這い進む下肢に土方の瞳から透明な滴が落ちた。照明の光を受けてきらきらと輝くそれは綺麗で神々しくまるで見ているだけで全ての罪が洗い流されるようだった。
「…あ…こんど…さ…」
細心の注意を払い何とか最後まで収めきった近藤に土方は蕩けるような笑みを浮かべる。熱ィ…と呟かれた声はかすれ夢の狭間をさまよっているかのよう。そんな安心しきった顔を向けるなと苦笑いを浮かべて土方の腰を抱え直す。不慣れな体を思いやりたい反面全てを自分色に染め上げたいという男の欲望が頭の中を支配していた。
「…明日は、有給とろうな」
「っ…ぁ…!」
なるたけ優しく問いかけて奥深くを突き上げる。先ほど初めて知った土方の悦い所を選んで攻め立てれば綺麗に背がしなった。
「好きだよ。トシ…」
「あ…おれ…も…」
奥深くに想いを叩きつけ抱きしめた近藤に、土方は幸せいっぱいに囁いた。