人という字は、互いが互いを支えあってできているのだという。
手を伸ばせば、両手に感じる確かな熱
頬を寄せれば聞こえてくる微かな鼓動は「生きている」という証。
昨日まではなんでもない日常の風景が
今、この腕にあることが本当に嬉しいと思う。
「Warmth」
「――ほら、入れよ」
そう言って獄寺は自室の扉を開けた。
「言っておくがロクなモンは置いてねぇからな。期待すんじゃねぇぞ」
仏頂面で振り向いた先には物珍しそうに辺りを見回す山本の姿がある。その顔は半面を覆いつくすほどの白い包帯がぐるぐる巻きにまかれていた。
「飲み物…と、先に着替えか」
暖房の設定を上げてバタバタと奥の部屋に入った獄寺は大きめのバスローブを引っ張りだして山本へと投げた。
「とっとと着替えろよ。夜食くらいならつくってやるから」
「サンキュー…ってカップ麺じゃん」
一緒に投げられた大判のタオルで髪を拭いた山本は獄寺が手にしている物体に微笑を浮かべた。一人暮らしが長いくせに家事というものにとことん弱い獄寺はほぼ全てをコンビニで賄っているらしい。所詮「作ってやる」と言っても湯を入れて出来るレトルトが精いっぱいなのだろう。
「味噌としょうゆ、どっちが良い?」
「んじゃしょうゆ。あ、焼きおにぎりもつけて」
冷凍庫を覗きこむ獄寺の後ろに回った山本は中に詰められた冷凍食品の中から目当てのものを指さした。よく食うなと眉を寄せられたが「成長期ですから」と笑って流してやる。へらりと口元を緩めるだらしない笑みに獄寺は何かを言いかけて、結局何も言わずに濡れたままの髪に手を伸ばした。
「…まだ濡れてる。 ちゃんと拭けよ」
ぶっきらぼうにそう言うと獄寺はタオルを奪い髪の湿り気を拭ってやる。何分まだ気候は温かいとはいえ山本は先の戦闘でびしょぬれの状態だ。怪我の場所が場所なだけに風呂に入るわけにはいかないのだからちゃんと拭いておかないと体調を崩してしまうだろう。
「寒かったら暖房もっと上げるけど。…それとも毛布いるか?」
「いーや、大丈夫」
少し背伸びをして己の髪を梳く獄寺に、山本はじゃれるように手を伸ばす。いつもは背を抱くだけで痛烈なパンチが飛んでくるはずなのに、今日は何故か素直に胸元に納まってきた。
「…何? 今日はやけに優しいじゃん」
「るせぇ。とっとと着替えろ」
今だ濡れたままのシャツを引っ張って自らボタンを外していく獄寺に山本は黙ってされるがままになった。
「…ほら、てめえが早く着替えないから冷えちまってる」
やがて露わになった裸の肩は熱を奪われずいぶん冷たくなっていた。少し待っていろと山本をリビングのソファに座らせた獄寺はバスルームから手桶とタオルを取ってきてその傍にひざをついた。
「拭いてやるよ。その方がさっぱりすんだろ」
中に張られていた湯でタオルを固く絞った獄寺は「やってくれんの?」とおどけたような声に微笑で答えた。
「言っておくが上だけだぞ。下はてめぇでやれ」
「ええ? 良いじゃん別に。俺と獄寺の仲――…って、あぶねっ」
すぐ傍で甲斐甲斐しく動く獄寺の頬を捕らえようとすれば、今度こそ容赦のない鉄拳が繰り出される。だが、その動きはすでに予測していたのだろう。寸での所で交わされて獄寺は再び山本の腕の中に納まってしまった。
「…離せよ。風邪ひくだろ」
「うん…ちょっとだけ」
余裕で交わされた事が不満なのか、眉を寄せた獄寺は居心地悪そうに身動いた。だが、ことのほか強力な枷に…山本? と戸惑ったような顔を向ける。
「どうした?」
「…おまえは、生きてるんだよな」
微笑とも苦笑いともとれる笑みを浮かべた山本はぎゅうと抱く腕に力を込めた。
「…どこにも行かないよな? …死んだりなんか…しねぇよな?」
「山本…」
回された両腕が微かな震えを伝えてくる。まるで藁にもすがるようなその必死さに、突っぱねようとした手は自然に背を抱くような形に伸ばされた。
「ばぁか。あたりまえだろ」
――先ほどの光景を思い返しているのだという事は容易に想像できた。自分よりも大きな図体をなだめるように、獄寺は言い聞かせるようにことさらゆっくりと呟いた。
「ちゃんと生きて、ここにいる。…お前と一緒にいるだろうが」
不安に彩られた山本の表情に獄寺は仕方がないかと嘆息する。彼はずっとごく普通の生活を送っていたのだ。人の生き死にが常にとなりあわせにあった自分のようにあっさりとスクアーロの死を冷静に受け止められるはずがない。感情がついていかず情緒不安になるのは当然だろう。
「大丈夫。俺も十代目も…皆無事だ。…だから、もう心配すんな」
頬をそっと包んで額にキスを落としてやる。めったに自分からしない口付けに、目の前の山本はびっくりしたように目を瞬かせた。
「…ダッセェ顔」
「…悪かったな。びっくりさせたのはそっちだろ」
いつもは余裕綽々の彼のそんな顔が面白くて獄寺はくすくすと笑みを浮かべる。そんな自分だって普段は眉間にシワを刻ませているというのに、今夜はやけに表情が豊かだ。
「…サンキュ、獄寺」
からかわれながらも獄寺の思いに気づいたのだろう、ようやく山本は甘えるように薄い胸に頬を付けた。
「なあ、やさしいゴクデラ君に我侭言ってもいいか?」
「…んー?」
「…今夜はさ、一緒に寝てくんねぇ?」
一人になりたくないと言外に伝える山本に「変なことしなきゃ良いぜ」と釘をさす。元々今日は家に泊まらせるつもりで山本を誘ったのだ。…らしくない、無理な笑いを浮かべる彼を一人にしたくなくて。
「言っておくが一緒に寝るだけだからな。妙な気起こすんじゃねえぞ」
キスをねだるように顔を寄せてきた山本の顎を押しのけて獄寺はその腕の中からするりと抜け出した。
「…先は傷が治ったら…な?」
不満気に頬を膨らませる山本に近づいた獄寺は真っ白な包帯に包まれたまぶたの上に軽いキスを落とした。
「心配したんだからな。こんくらい我慢しろ」
「獄寺…」
目を見開いた山本が再びその体を捕らえようするが、伸ばされた手は空振りに終わった。「風呂入ってくらぁ」と言い残し奥の部屋に消えた獄寺の表情はひどく安心したようにほころんでいた。
「好きだぜ? だからお前も勝手に死んだりすんじゃねぇよ」
閉めたドア越しに言ってやれば、がつんと激しい音が響いてきた。どうやら山本がテーブルに足をぶつけたらしい。
「…護ろうぜ。一緒に」
「ああ…」
それでも投げかけた言葉に肯定してくれた声に獄寺は笑った。
今日は本当に色々あった。後味は悪かろうが雨のリングはこちらの手に渡ったのだ。今夜はせいぜい疲れきった体が休まるよう、ゆっくりと寝ることにしよう。
’…すいません、十代目…明日は修業のお供…できないっぽいっス’
ーー『山本を一人にできない』なんてただの言い訳だ。本当は自分自身が山本の傍にいたかったのだ。彼が『生きている』という証である温かさと鼓動を確かめたかった。…失くしかけたからこそ、その思いは貧欲だ。
まだ霧の守護者が誰なのか、リボーンは教えてくれなかった。…だが、彼が、綱吉の父が決めた人物だというのならきっと信頼できる者なのだろう。
明日のことは明日考えれば良い。
今日は、久しぶりに互いの熱をわけあって
幸せな気分に浸りたい……
(END)
隼人さんだってたまには優しいんです。