かごの鳥



「―――暇だ…」

そういってコロネロは海が見える砂浜で一人ぼんやり座っていた。

ここは有名なリゾート地に併設された裏マフィアランドである。特殊な技能を買われコロネロがここの責任者になったのは十年以上も前の事。相変わらず表から流されてくる人間は日にわずか。こうして時間を持て余し無駄に天気のよい空を見上げるのもすっかり飽き飽きしてしまった。

「…あー…。暇だぜ」

ごろりと転がって駄々をこねてみても、ここにいるのはペットというよりも相棒といった方がしっくり来るようなファルコのみ。いくら互いを知り尽くしているとしても、さすがに暇潰しの相手にはなってもらえないだろう。
せめて腐れ縁のリボーンやスカルでも来てくれれば思い切り暴れることもできるだろうが(リボーンはともかくスカルは一方的に殴られる)現在イタリア本土で最も名の高いファミリーにお抱えになった彼らはもうここしばらく裏マフィアランドには顔を出していなかった。

「…ったく。強い奴ぁいねぇのかよ」

のんびりと羽繕いをするファルコの後ろを見やれば、すでにコロネロのスパルタの餌食となった男たちが言葉もなくつっぷしている。皆最初はコロネロを外見で判断し甘く見るのだ。しかし実際はそう口で言うほどの人材はなく、あっけなく最初の頭つきか手合わせで全滅する。最後まで残りマフィアランドで一旗上げようなどという大それた考えを起こすものは残念ながらここ数年一人も現れてはいなかった。

せっかく整えた背をぐりぐりと撫でてみれば嫌そうにひと鳴きして空に飛ばれてしまった。八つあたりだという自覚はあるがそれでも置き去りにされたかのようでコロネロはさらに頬を膨らませる。

「…ちぇ…」
「どうした、師匠。えらく不機嫌だな」

ごろりと砂浜に横たわった途端、すぐ傍でそんな声が響きわたった。今の今まで全くその気配を気づかせなかった存在に眉をはね上げたコロネロは上から覗きこまれるようにして見せられた顔にああと体の力を抜いた。

「又電車も使わずにここに来たのか。相変わらずだな」

そういって拳を振り上げれば難なく避ける男の姿。まぶしい南の島には不似合いな漆黒のスーツをまとっているのは、すっかりとおちついた男の顔になった了平だった。

「やっとひと仕事片付いたのでな、沢田が休暇をくれた。今回はゆっくりしてられそうだ」

うれしそうににっかりと笑う了平にコロネロは「先月も来ただろう」と呆れたような視線を向けた。この男はこれでも有名なマフィアの幹部なのだ。本来ならばこんな所に一人で来て良い身分ではないし、又そんな暇などはないはずだ。なのにこの男はひと月と開けずにコロネロに会いに来る。…ただ、一つの目的を果たすために。

「…ボンゴレってのはそんなに人材不足なのか?」

ーー是非、ボンゴレファミリーに入ってほしい…。そうボスじきじきに言われたのはもう三年ほど前の事だったか…。出会った頃はまだ弱かった綱吉がすっかり大人の顔をして部下を引き連れてきた時、コロネロはリボーンの教育に感心したものだ。

『是非、君の力を借りたいんだよ』

マフィアの世界でも穏健派と呼ばれる存在の綱吉は武力だけの制圧を良しとしない。けが人も、死人もださずに己の勢力を維持していくためにはリボーンを始めとするアルコバレーノの協力が必要なのだという。

「無理にとは言わないよ。…でも、来てほしい」

ふわりと笑んだその裏に何か含みを感じたのはコロネロだけではない。考えさせろと答えた自身の肩を掴み目を細めたリボーンは「いつまでも逃げてんじゃねぇ」とつぶやいた。

「悪いな。まだ答えは出てねぇよ」
「なに、かまわん。俺は俺でいい役目をもらえたしな」

遠くを見つめたままのコロネロに堪えた様子もなく笑う了平は綱吉の命の元毎月のようにしてここに尋ねてくる。以前決まったら自分で行くと答えたら「そしたら師匠に会う名目がなくなるではないか」と真顔で返された。まったく、出会ったときはボクシングに夢中な不器用な男だったのにいつの間にかイタリア式のあいさつを覚えてしまったらしい。

「丁度良い。暇を持て余してたんだ。相手してくれ」
「おお、そりゃ良い。是非頼む」

ズボンについた砂を払い落とし了平に向かって構えを取る。そうすれば喜び勇んで上着を脱ぐのが了平の常だった。

「…昔は口頭でしか教えられなかったのにな」
「ん? 何だ、師匠?」

ぽそりと呟いたコロネロの声が聞き取れなかったのか、了平は小首を傾げながらパンチを繰り出す。

「…んでもねぇ。それよりもっと本気だせコラ」

大岩をも砕くこぶしを避けてコロネロは蹴りを入れる。はたから見れば何が起きているかわからないほどの攻撃でも了平の体は戸惑うことなく受け流す。

「お前の実力はこんなもんじゃねぇだろう」

了平はコロネロ自身が認めた一番弟子だ。アルコバレーノの仲間内を除けば自分に対抗できる唯一の人間だろう。そりゃあ他にも強い人間はたくさんいる。しかし攻撃・防御ともコロネロを満足させてくれる人物は今の所了平しか思いつかなかった。

ーーーそうして、どれくらい時間が経ったのだろうか。程々に動き気持ちいい汗が額を伝いはじめた頃、ずっと黙ったままだった了平が戸惑い気味に口を開いた。

「…なぁ、師匠」
「なんだ?」

くるりと回し蹴りを浴びせつつもらしからぬ調子に眉を寄せる。

「前から聞こうと思っていた事があるのだが、聞いて良いだろうか」
「だから何だよ」

互いに振るう拳はそのままに続きを促す。煮えきらない態度なんていつもの了平からは想像もできなかった。にじみ出る深刻なオーラに手を止めるべきかと躊躇したコロネロに了平はやっと思い切った様子で言葉を続けた。

「師匠は…外が嫌いか?」
「はぁ?」

だが続けられた台詞はコロネロの予想外のものだった。おもわず足元の砂に足をとられ尻餅をつくが痛いと思う余裕もなく了平の顔を凝視してしまう。

「おい、なんだそりゃ」
「いや、老師がな」

そんな様子のコロネロに視線を合わせるように座り込んだ了平は困ったように頬をかく。

「以前、師匠がなかなか首を縦に振ってくれんという話をしたら老師が教えてくれたのだ。『あいつは島を出ないんじゃない。出られないんだ』と」
「…あの野郎…」

気まずげに悪態をつくコロネロの前に膝をついた了平は、無防備に投げ出されている手を掴んだ。

「…理由を…聞いて良いだろうか」
「な!」

からかうでもなく、こちらを本気で心配しているという色を浮かべた了平にコロネロは言葉を詰まらせる。いい年した男のくせにまっすぐと己を見つめてくるそれはまるで幼子のようだ。間近で見られ言い逃れもできなくなったコロネロは悔しそうに舌打ちする。

「…そうだよ。あいつの言う通りだ。いくら来ようが俺はここを動かねえ。絶対にだ」
「…師匠」

だからその理由をと言いかけた了平は掴んでいた手を乱暴にふりほどかれた。

「俺も前から言いたい事があった。いい加減俺を師匠と呼ぶのは止めろ」
「…ししょ…っ!」

これ以上了平の顔を見る事ができなくてコロネロはそっぽを向いた。いきなりどうしたのだ?と問うてきたが、すっかり不機嫌モードになったコロネロは顔を上げさせようとする了平の手を再び叩きおとす。

「いいか? 俺は「アルコバレーノ」なんだ」
「ああ、知ってる」

眉をつり上げて睨んでみても、了平はそれが何だと言わんばかりに見つめかえしてくる。

「だから…俺は呪われた赤ん坊なんだぞ。うわさぐらい知ってるだろうが」

最強の赤ん坊集団と呼ばれたアルコバレーノは同時に周りを不幸に導くと囁かれていた。人間離れした力を有したその姿は大人になることはない。それは、まるで神か悪魔をこの世に具現したかのようだ、と。

「分かったらこれ以上俺に関わるな。ボンゴレが不幸になるぞ。」

「何を馬鹿な事を。師匠がそんなことするはずがない」

離せと突っぱねれば、逆にぎゅうと抱きしめられる。

「俺たちは噂なんぞ信じん。そんな事を気にしているのなら俺はこのまま師匠をかっさらうぞ」
「っ!」

そのまま立ち上がり一歩を踏み出せば、さすがのコロネロも目を向いた。

「っば、コラ! 何考えて…!」

まるで荷物のように軽々と小脇に抱えたまま歩き出す了平にコロネロは本気であらがい始める。だが所詮まだまだ発展途上の身だ。親子ほども違う大人の力に到底かなうはずが無い。

「コラ! っ了平!」
「もう決めたのだ。逃がしはせん」

いつもならばコロネロの一喝でしゅんとなる了平だが、今回ばかりは頑として聞き入れようとしない。ならばとファルコに目をやればいつのまに来たのだろう。大きな羽を畳んで悠々と了平の肩に止まっていた。

「ファルコ! 卑怯者!」

唯一の味方に寝返られコロネロは歯ぎしりする。しかし結託してしまった一人と一匹は「イタリアは良い所だぞ」なんて馬鹿な世間話を始めている。

「ファルコっ! てめぇ!」
「保護者の了承は得たぞ。観念するのだな」

大抵の者が獰猛な容姿に恐れおののくファルコを了平は何のためらいもなく撫でさする。先ほど自分がした時だっていやな顔をして飛んでしまったファルコもどうやら彼がやればご満悦らしい。

聞こえた気笛に目をやれば、いつのまに呼ばれたのだろう表へと行く列車がホームに準備されていた。運転手の好機の目に晒されながら乗り込めば、案の定自分たち以外は乗客の無いまさに貸切状態。まさか最初からそのつもりだったのかと睨みつけるが大胆な事をしてくれた当事者はぬけぬけと言ってくれたのだ。

?

「これでも師匠が諾というまでは待つつもりだったのだぞ。この島が好きなのなら無理に連れていくことはできないと」
「おまえ! やってることと言ってることが違うぞ、コラ」

ならば運ばれこのまま本気で連れていかれそうな勢いは何なのだと問えば、了平はさも当然のように「実力行使だ」と言い切った。

「我らを嫌ってボンゴレに来てくれぬというなら諦めもついた。ここが師匠にとって離れられぬ大事な場所だというならそのままにしようとした。…だが、違うのだろう?」
「っそれは……」

真摯な瞳で見つめられて、コロネロは眼をそらす。

「我らを想ってくれているから、ただ一人ここに残ろうとする。ファルコだけを心の共にする師匠を…もうこれ以上見ていられるわけがない」

共に来てくれと…コロネロの両手をつかんだまま了平は笑う。

「不幸かどうかは我らが決める。師匠はただ、「うん」と一言言ってくれればいいだけだ」

一緒に行こう? そうつぶやいた了平にコロネロはとうとう観念したように深い息をはいた。

?

「…馬鹿だな。本当におまえは」

出会った時から変わらない、裏の無いまっすぐな言葉。それは長年マフィアの世界に身を置いていたコロネロの心の棘を抜き去るのには十分な代物だった。

「しらねぇぞ? もう嫌だといっても離れねぇからな」

おずおずと手を伸ばしてみれば、広い大きな胸に抱き込まれる。熱い、日輪を掲げる男の腕の中はびっくりするくらい暖かくて安心できる場所だった。

「無論離すつもりなど毛頭ないさ。嫌だといってももう聞かん」

おとなしく腕に収まったコロネロの背を、無骨な手は優しく撫でていく。

「もう一人で気を病まないでくれ。…それにもう、師匠は「赤ん坊」ではないだろう?」

 心地よさに眼を閉じたコロネロの頤を持ち上げると了平は微笑した。大きな手に支えられた体は、たしかにかつての赤子の儚さを失っていた。

「もう来月は十五になるのだな。俺が師匠に会った時の年だ」
「・・・ああ。そうだな」

懐かしそうに笑んだ了平につられ、コロネロも笑みを浮かべる。まだ標準に比べれば幼さの残る体だが、これがかつての『アルコバレーノ』だとすぐに見抜けるものは少ないだろう。白人種独特の透けるような肌に日の光を反射する指どおりの良い金髪。真っ青な空を写し取ったかのような澄み切ったブルーアイは見るものを惹き付け離さない輝きを内包していた。

「…なぁ、師匠?」
「ん?」

そんなコロネロをしばし眩しそうに見つめた了平は「もうひとつ、ずっと言いたい事があったのだ」と口調を改めた。いつもの無表情からは想像も出来ないほど穏やかな笑みを称えたコロネロは、急にかしこまった了平の顔が近づいてくるのを何の疑問も持たずに受け止めた。

「実は…」

ずっと、好きだったのだと…耳朶に直接熱い息が吹き込まれた頃になって、コロネロはようやくキスを奪われた事に気がついたのだった。

?

?


(END)




本当は「師匠、好きだー!!」って飛び掛る了平さんが書きたかった。
でもうちの受けは攻めより強いので、そんな無理したら返り討ちになりそうです。







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