晴れた日にはお出かけを


――買い物へ行きましょうと塔子が夏目を誘ったのは、連休も最終日となる暖かな日の事だった。

「この間、貴志くんに似合いそうな上着を見つけたの」

そういって塔子がいそいそと案内した場所はデパートの一角に誂えられた品のよい店だった。

 

「まぁ、よくお似合いですよ」

言われるまま若草色のジャケットに袖を通した夏目に、塔子と店員の賛辞の声がこだまする。

「息子さん色白いからとても映えますね。うらやましいわ」

夏目と塔子の関係を知らない店員は当然のように二人を親子と思ったのだろう。自然と零れたその台詞に塔子はうれしそうな笑みを浮かべる。
戸惑ったような顔を向けるのは夏目だけだ。もう最近では塔子も滋もナチュラルに夏目を「息子」として扱ってくれるのだ。それは、嬉しい半面、何とも言えない照れ臭さを伴っていて、夏目はいつも一人困ってしまう。

「ねぇ、貴志くん。これも着てみない?」

ご機嫌な様子の塔子に否と答える気にはなれなくて、夏目は言われるまま次々と衣服を替えて行く。以前だったら「もう十分ですから」と言って辞退していたのだが、これも「息子」の役目だよと滋に笑われてからは素直にお付き合いすることにしている。遠慮といい子は違うのだとあの寡黙な「父」は教えてくれた。

「…あれ、夏目?」
「…田沼?」

そこに聞き慣れた声が響いてきて、夏目は目を瞬かせた。見れば店の入口にシャツとジーンズという軽装の田沼が立っている。

「めずらしいな。こんな所で会うなんて」
「それはこっちの台詞だよ。…やけに可愛いの着てるじゃないか」

じっと見つめてきた田沼に微笑まれて夏目は頬を赤らめた。彼の言いたいことはわかっている。ズボンはともかく、羽織られた上着とカットソーはどうみてもユニセックス――女性が着てもなんら違和感のない柔らかな作りのものだったからだ。

「やっぱり夏目は明るい色が似合いますね。藤原さんの見立てですか?」

恨めし気に見上げる夏目の頭を撫でた田沼は傍らに立つ塔子ににこやかな挨拶を交わす。すっかり最近は顔見知りとなってしまったふたりは夏目を置いて話しを弾ませた。

「そうなの。田沼くんはこっちとこっちどちらが貴志くんに似合うと思う?」
「そうですね。俺はこっちの方が好みですけど」

そういって田沼が手にとったのは柔らかな素材のニットだった。シンプルな作りだが付属に花のコサージュがついている所を見ると女物だろう。片や塔子が手にしているのは淡いローズ色のカーデガンだ。袖口の作りといいデザインといいこちらはどう考えても…だ。

「どっちも遠慮する」
「まあまあ、良いじゃないか。似合うと思うぞ」

すねた理由をわかっているだろうに、田沼は笑いながら着てみたら?と勧めてくる。

「俺の事はいいよ。…それよりも、何か買いにきたんじゃないのか?」

このままでは田沼にまで遊ばれかねないと悟った夏目は強引に意識を田沼の方に持って行った。自分ほどではないが田沼だってかなりの出無精だ。休みのほとんどを部屋で過ごすということはここ最近の付き合いでわかっている。ズボンに財布を突っ込んだだけの軽装では本を買いに来たとは思えなかった。

「どこか行く途中だったのか?」
「ああ…それがさ」

今度は田沼が困ったように頬を掻く。聞けば檀家の一人が余計な事を田沼の父に吹き込んだらしいのだ。

「俺としては休日の部屋着なんて何でもいいって所だったんだけど。その人いわく俺ぐらいの年は色気づいて当然の事らしくて」

自身も大学生の息子を持つという女傑は作務衣姿で転がっている田沼を見かけ父に注進したのだ。少しは気を使ってやれと。

「で、買い物に行ってこい…ってわけ?」
「ああ…」

ぶすっとした顔はまさに不本意といった所だ。着るものにさしてこだわりがないのは夏目も一緒だ。年頃だとかいう理由で勝手に決められるのは本当に困る。

「…あ、じゃあ皆に選んでもらえば」
「え?」

少し離れた場所で話しを弾ませていた塔子と店員を見遣った夏目は「田沼の服も見たててやってもらえませんか?」と頼んでみる。すると俄然やる気を出したらしい店員数人はあっという間に店の中へ散っていった。

「お、おい。夏目…」
「自分で探すのも面倒だろ? プロの人に任せればあっという間だって」

にこやかにそういった夏目は「あ、じゃあ俺着替えるから」と言って試着室に入ってしまった。体よく身代わりにされたと気づいたのは入れ代わる様にして試着室に詰め込まれた後だった。

「ねえ、貴志くん。こっちはどうかしら」
「ああ、いいですね。田沼に合いそうだ」

先程とは逆の立場に立った夏目は嬉々としてアドバイザー役に徹している。楽しんでいるのはその目を見れば明らかだ。早々に逃げたい田沼も女性陣に囲まれてしまっては逃げるに逃げられない。しかも思い人から「似合うよ」なんて褒められて手ずからネクタイを結んでもらったりなんかしたら…もう、どうとでもなれ、と言った心境だ。

…結局、その店で散々着せ替え人形にされた田沼はぐったりとしながら家路へとついた。両手には自分では好んで着ようなどとはけして思わないお洒落な服が紙袋いっぱいに詰め込まれている。たんすの肥やしになるのは必須だろう…とは思ったものの、田沼はそっとその中の一枚を取り出した。

…それは細身に作られた上着だった。黒を基調とした物だったが夏目が最初に選んできてくれた一枚である。少し大人っぽいデザインではあるが、そっと夏目は教えてくれた。

『それ、おれのと色違いだから』

――だから今度、それきて買い物出掛けよう?

他の人には聞こえないように、小さくつぶやかれる。

その、浮かべられた笑顔はまさに『極上』としか言えなくて、田沼は人目を避けるように試着室へと夏目を引き込むとその細い体を抱きしめた。

夏目は変わった、と周囲で噂になっていることは本人だけが知らない事。その理由はいくつもあるだろう。…だが、その理由の一つに自分も組み込まれているだろうということは鈍い田沼も自覚している。『好き』と言えば同じ答えをかえしてくれる夏目は本当に綺麗に笑ってくれるから。

次の休みは夏目とデートだ。頭のなかで予定を組ながら田沼は服をハンガーへとかけた。

晴れてくれるといいな…なんて子供のようなことを考えながら。

 


 



「こうやって娘と買い物に出かけるのが夢だったの」と笑う塔子さんを想像しつつ書いてみました。
本当は滋さんと田沼パパの親ばか対決にるはずだったのですが・・・それはまた次回に。
ペアルックでデートする田夏と、互いに選びあった服を着てデートする田夏。
次回のデート話はどっちでいきましょうか?(無論夏目は女物)








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